戦時映画の意図ー日本かくたたかえり

 われわれはどんなに苦しくても、ときどきすぎ去った戦争を思い出し、古傷にさわってみて反省を新たにすべきではないか。残酷でもじっとその現実を見すえて、殺された人達が経験したことから目をそむけないで、知る責任がある。そうすることが死んだ人達にたいするわれわれの義務であろう。

(中略)

 太平洋戦争を知るのには、昭和六年頃の満州への日本の侵略意図の開始から、満州事変、更に支那事変と進み、その間軍部に次第に権力が集中して軍事ファッショとなっていった経過、右翼勢力のたい頭、思想動員、思想統制、隣組、食糧その他生活必需品の統制、産業の戦時編成、そういったものが次第に急激に進行し、国民の平和な生活は物心両面において破壊されていった過程、そして国民自体もその大多数は、不満はもっていながら、中国への侵略によって大東和共栄圏と称するものに日本が拡大し、太平洋戦争の開始と共に更に真珠湾、南方へと大戦果を拡大するに及んで、国民感情はいやが上にもたかまり、いい気になって国家や軍の宣伝にのせられ、得意の絶頂にあった。それと共に陸海両軍とも鼻高々で、職業軍人は下っ端にいたるまで国民の前で権勢をほしいままにしていたのである。今日になって職業軍人もギセイ者であるかのようにいう人もいるが当時の権勢を思いうかべればそんなことはいえた義理ではない。しかし同時に国民の熱狂も責任をまぬがれるわけにはいくまい。

 以上のような描写がなくて、戦闘の場面だけを見せても、まったく無意味なものになってしまうのは当然である。

掲載誌映画批評1956年11月号
発行日1956年

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